地方ライタートツカマコです。

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あえて『障害』と表記する理由。


前回ブログ更新後から体調を崩して病院通いの日々多くっておりましたが、なんとかPSvitaで狩ゲーができるくらいには回復しましたよー!

 

先日4年生の自閉長男の個人懇談に行った際、先生から「そろそろ今後の進路について考えていきましょう」と話をされました。
実は丁度自分も考えていたのです。
そして、長男自身も自発的に考えてここ最近進路のことを話す場面が増えてきました。
自分と他人の違いを漠然と理解して、夢を語るのではなく人生を語る。

 

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よく定型発達のお子さんを育てる親御さんなんかが「子どもは放っておいても育つ」と言いますが、確かに様々な欲を出さなければそれなりに育つんやろうとは思います。
しかし障害があると『放っておいてもそれなりに育つ確率』がぐーんと下がって、例え『生存』できても社会で『生活』することが難しくなります。

 

だから、本人も親も社会にある害に向き合って生きなければならない。

 

 

何も考えずにレールに乗って進学するという道を選べない状況で、子どもながら自分と社会と向き合って生きる自閉長男を『害』なんて思わないですし、他の障害をお持ちの方にも同じ気持ちです。
だから他人さんが「かわいそう」という理由で『障がい』や『障碍』に表記を変えることに対して自分は傲慢なことやと感じるし、自分は昔から今も変わらず『障害』と表記し続けています。

 

様々な思いで表記を変える方もいらっしゃるでしょうし否定はしませんが、如何なる場合も障害者に対して常に対等な気持ちでいてくれることを当事者の家族として願っています。

 

困った時はお互い様。
そこに『障害』というオプションは必要なしい、ただ困り方の違いがあるだけ。
どちらかが全てにおいて優れていたり劣っていたりするわけじゃないんやで。

 

因みに我が家は今朝、機械に強い自閉長男にブルーレイレコーダーの設定をお願いしましたよ!

 

跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること

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