地方ライタートツカマコです。

元よそ者京都人フリーライターのトツカマコです。常に全力でお仕事募集中!

この春末っ子が入園する保育園は、7年前自閉長男を受け入れてもらえなかった場所でした。


先日末っ子ヒムコの入園説明会に行ってまいりました。

 

そう、無事認可保育園が決まり春から保育園児になるのです。
正確には認定こども園なんですけどね。

 

ただTwitterで「#保育園落ちた」「#保育園入りたい」のタグを目にする度に手放しで喜べない気持ちになります。

子どもを産んでも仕事を続けられることは様々な意味で恵まれている事だと思うのです。

家庭環境、仕事環境、保育所問題、全てが整わなければ母親になっても働き続けることは困難なのです。

 

そんな中恵まれた環境で社会復帰できることに感謝して、少しでも社会のためになるような仕事をして行きたいと思っています。

 

7年前の「お呼びじゃなかった」園解放

 

保育園内定があったのが2月の上旬、あっという間の入園説明会でした。

既に仕事を始めている私はスケジュール調整をする必要があったため焦りましたが、この日ばかりはどうにかしなければ!と張り切って一日フリーにしました。

 

ヒムコが入園する認定こども園(以下Yこども園)は、以前は3年保育の私立幼稚園でした。

実はYこども園が幼稚園だった頃に園見学に行ったことがあるのです。

自閉長男が入園前の、約7年前のことです。

 

Yこども園は当時より教育やスポーツに力を入れているところで、私立ならではの充実した保育環境が整っていました。

定期的に園解放が行われており、園の教育方針に共感を覚えた保護者たちが毎月積極的に参加していたようです。

器用にできる子や活発な子は入園前ながら先生方に名前を覚えられ、親子共に園解放の空気に大変馴染んでいました。

 

そんな中私たち親子はというと、どう見ても場違いでした。

壁に貼られた掲示物よりも存在感がなく『お呼びじゃない』という雰囲気を早々にキャッチしました。

実際長男が意を決して参加しに行くも

 

「キミにはまだ難しいだろうしやめておこうね」

 

と返され、ただ他人の子どもを見ているだけの無意味な参観のような状態でした。

 

実際難しかったと思います。

危険だと判断されてのことだったと思います。

しかし私は『普通の社会』との壁を大きく感じ、どうにも居た堪れない気持ちでいっぱいになりました。

 

元々負の感情という水がコップいっぱいにまで溜まっていただけに、そこにいるだけで今にもコップの水が溢れそうになるのです。

澄んだ水ではなく、ドロドロに濁った水。

 

ドロドロに濁った心の水が、園解放の会場だった園内の体育館をとても広く大きくどこから敵が襲ってくるかわからない恐ろしい要塞のように感じさせました。

 

帰り際にとりあえず、と入園案内をもらいに行くと

 

「まだ急がずゆっくり他の園も検討されてはいかがですか?」

 

という言葉が入園案内の入った封筒の代わりに返ってきました。

 

周りの保護者たちが持ち帰っている入園案内を手にすることなく、静かに長男の手を引いて帰路につきました。

ドロドロに濁った水が入ったコップは、溢れる前に粉々に砕け散りました。

 

どうにもならない思いを抱え、全く美しくない涙を流しながら長男と歩いたあの日の景色。

晴れているはずの空の色は心を動かすことのないモノクロで、周りの親子の笑い声は風の音でかき消され、心のコップが砕け散った私の目に映る世界はとても静かでとてもとても孤独なものでした。

 

その後ご縁があって別の幼稚園に加配付きという好条件で拾っていただき、大変充実した園生活を送ることができました。

心のコップは時間をかけて修復され、7年経った今、再びあの頃と同じ場所に立つことになりました。

 

7年経って変わったものたち

 

入園説明会の会場は、7年前に心のコップが砕け散った場所であるあの体育館でした。

 ヒムコを抱き、様々な思い出扉をくぐりました。

 

7年ぶりのそこは、広いとも大きいとも感じませんでした。

要塞なんて程遠く、どこから敵が襲ってきても撃退できるような、そんな印象でした。

体育館は何も変わっていません。

ただ、私の気持ちと見える世界が変わっていたのです。

 

ただひたすら恐ろしく、隅っこで小さくなっていた7年前の自分。

あれから様々な経験をして、乗り越え、青い空を見られるようになり、胸を張って堂々とこの地に立つことができました。

 

心のコップはあの頃より大きく丈夫なものに作り直すことができ、今澄んだ美しい水で満たされています。

 

Yこども園は認定こども園になってから以前ほどの『教育重視感』がなくなり、程よく様々なタイプの子どもに対応できるようになってきたように感じます。

今後保育のやり方に対して思うところが出てくるかもしれませんが、その時は伝えればいい。

そうして思いを伝える権利が自分にもあるのだと、そう思えるようになったことで「恐ろしい」という感情に支配されなくなりました。

ヒムコがこの先どのように成長していっても、胸を張って前を向いて歩けばいい。

たまにちょっぴり溢れさせながらも心の水は濁さず、自分を大切にしていきたい。

 

7年経って園も、私自身も大きく変化したのです。

 

「選ばれる」のではなく「選ぶ」という生き方 

 

「少なからず辛い思いをした園によく再び行く気になったな」と思われるかもしれません。

 

実は、個別で園見学に行った際に先生にある質問をしました。

 

「発達がゆっくりだったり対応に工夫がいる子に対してどのような保育を行なっていますか?もしくはこれからどのような保育をしてこうと思いますか?」

 

まるで就職面接みたいな聞き方ですよね。

立場が逆転したこんな質問、失礼な保護者だと思われることを覚悟の上であえて投げかけました。

自閉長男の頃の話をした上で。

すると、即答で

 

「完璧にとは言えませんが、その子に寄り添って発達に適した保育をしていきたいと思っています」

 

と返ってきました。

 

うん、それで十分です。

難しいことは求めません。

 

このやり取りがあって、まずは信じてみることにしたのです。

初めて「選ばれる」のではなく「選ぶ」ことができたのです。

 

もう、脆いガラスのコップに濁った水をいっぱいに溜めたあの頃の私ではありません。

どんなことがあっても青い空を見続けたいと願う、澄んだ水に満たされた母親になれたのです。

だからきっと大丈夫。

 

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子育てをしていると嬉しい事ばかりでなく、上手くいかなくて落ち込んだり辛い気持ちになることもたくさんあります。

 

私のように負の感情がドロドロに濁った水になって、繊細で脆いコップを溢れさせようとしている方も少なくないでしょう。

 

順調な子育てができることが必ずしも良いわけではありません。

順調に子育てができていれば今見ている世界を知ることはなかったでしょう。

ガラスのコップが砕け散る辛さを知ることができなかったでしょう。

 

上手くいかなくても、落ち込んでも、必ず未来の自分の成長に繋がります。

たとえガラスのコップが砕けるようなことがあっても、その分強く大きなコップを作ることができます。

無駄になる経験などないのです。

 

7年前Yこども園に無理に入園していても加配が付けられず満足に保育をしてもらえなかったでしょうし、あの頃受け入れてもらえなくて逆に良かったのだと思います。

そのおかげで希望する条件で入れる園が見つかりましたしね。

無理に受け入れず、断ることも優しさなのだろうと7年経って思えるようになりました。

 

7年の時を経てトラウマの地とも言える場所に再び立てた私。

きっとこの先も前を向いて歩いていけると信じています。