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地方ライタートツカマコです。

元よそ者京都人フリーライターのトツカマコです。常に全力でお仕事募集中!

トツカマコ、文化的虐待について思うこと。


こんにちは、「明日からダイエット」記録更新中のトツカマコです。

 

悲しいかな、最近よく耳にする「虐待」ですが、虐待にも様々な種類がありますよね。

 

①身体的虐待

②性的虐待

③ネグレクト(育児放棄)

④心理的虐待

 

一般的にこの4種類があると言われています。

しかし先日、ライター今一生氏のブログの「第5の虐待:文化的虐待」について書かれた記事を読んで、この文化的虐待について考えるようになりました。

 

 

文化的虐待とは次のようなものを言うようです。

 

 

改めて考えると、確かに立派な虐待行為ですよね。

偏った思想の植え付けにより生きづらさを感じるも、親の影響だと思われずただ本人が責められ苦しむことになる。

ある意味目に見える虐待よりも根が深いと言えるでしょう。

 

今回なぜ私が「文化的虐待」について考えたのかというと、私自身が長くこの文化的虐待を受けており、今もなお続いているからなのです。

 

人を見下すことがわが家の日常だった 

 

私の父は(更にその上の祖父の代から)大変偏った思想を持っています。

はっきりそれに気が付いたのは10代の後半、社会人として働きだしてからでした。

 

現在そこそこお堅い業種の父は、昔から息をするように差別的発言をし続けていました。

学歴差別・学歴差別・居住地差別・国籍差別など。

 

まず人と会うと母校を聞くのですよね。

そして職業と居住地。

つまりは品定めです。

 

これは父本人の人間関係だけでなく、子である私の友人たちに対してもなのです。

 

私は幼い頃から父の仕事の都合やプライベートな理由から引っ越しが多く、小学生時代は何度も転校をしていました。

家族でただ一人地方育ちだった私は当時関西弁が喋れなかったことから京都に馴染めず、なかなか友人を作ることができなかったのです。

しかし、そんな私にも気さくに声をかけてくれる子がいました!

そんな子が少しずつ周りに増えてきて、このまま良い友人関係を築いていけると思っていました。

 

しかし、父はそんな友人たちのことも平気で見下すような発言をしたのです。

 

はっきりとは覚えていませんが「父親の職業は?」「勉強はできるのか?」そんなことだったと思います。

更に私が家庭で友人の素晴らしいところを褒めると、必ずと言っていいほど「どうせ○○だろう」と粗を探してつついてくるのです。

両親揃って。

 

「○○は勉強ができない奴がする仕事だ」

「○○ちゃんはいつもボロボロの服を着てみすぼらしい」

 

人を見下すことがわが家の日常だったのです。

 

毎日が「一般論」と「家庭論」の板挟み

 

こうした「他人を見下す日常」を送っていると、自然と友人たちとの関係がギクシャクしてきました。

当然だと思います。

だって、上手く他人に共感することができなかったのだから。

 

本音では友人や周りの人たちを認めたい。

でも認めてしまうことは親を裏切ることになる。

 

こうした「一般論」と「家庭論」の板挟み生活は、やがて私の心を蝕み始めました。

 

父が見下す「サラリーマン」、私は大好きだった

 

ある年、父は脱サラをして会社を設立しました。

この時から父の中にある差別感に「サラリーマン差別」が加わりました。

 

「雇われないと仕事ができないサラリーマンは無能だ」

 

私の友人たちの父親は殆どがサラリーマンでした。

様々な業種で誇りを持って働いている、素敵な方たちでした。

友人たちもそんな父親を尊敬していたのです。

 

私も、そんな友人たちの父親が大好きでした。

 

私は父の駒だった

 

父の仕事関係の交流会に家族で参加することがあったのですが、当時小学生だった私の仕事は決まっていました。

 

父を持ち上げ褒めること。

 

父は話を何倍にも盛る人で、人に話すことの大半はファンタジーでした。

本人に自覚があるのかないのかはわかりません。

あまりにも堂々とホラを吹いているものですから。

しかし私は本当のことを話してはいけませんでした。

外での父は「仕事ができて家庭的で子煩悩なパーフェクトな人」でなければならないのです。

私はいつも無邪気な笑顔でこう答えていました。

 

「はい、お父さんのことは大好きで尊敬しています」

 

私はこうして父の株を上げる駒になったのです。

 

わが家の政治観はまるで新興宗教だった

 

私が小学生高学年になったあたりで、様々な差別感に政治観の押し付けが加わりました。

 

この頃から父は家庭よりもわが子のことよりも、政治家の世話を優先しのめり込むようになったのです。

元々、著名人と知り合いであることを必要以上にアピールしたがる人だったので、政治家の知り合いができることが嬉しくて仕方なかったのだと思います。

栄光浴…と言うのでしょうか。

栄光浴が桁違いに強い人なのですよ。

 

父の行うこの政治(応援)活動はまるで新興宗教のようで、家族にある特定の政党の考えが素晴らしいと植え付けるようになりました。

 

 もちろん他の政党や支持者は「頭が悪い」と見下します。

自分の考えと違うものは全て「頭が悪い」と切り捨てるのです。

 

こうして、人との正しい関わり方を知らないトツカマコが作られて行ったのです。

 

家を出て私は0からスタートした

 

人との正しい関わり方を知らない私は当時酷いいじめに遭いながらも、いじめる相手が悪いのかいじめられる自分が悪いのか本当にわかりませんでした。

だから相手を恨むこともできず、両親にも話せなかったのです。

 

しかし、両親はいじめを知っていたようです。

そのことを知ったのは大人になってから。

父が仕事仲間に「娘が子どもの頃酷いいじめに遭っており、父親である自分が学校に乗り込んで戦った!」と武勇伝のように話していたそうです。

当然実際はノータッチだったんですけどね。

知っていて何もしなかったことと、私がいじめられた経験を父の株を上げる材料にされたことで二重のダメージを受けたのを覚えています。

 

もう駒はたくさんだ。

 

私は結婚し、わざわざ実家と離れたところに住んで0からスタートすることにしたのです。

父の偏った価値観に支配されず、自分の目で見て自分の正直な気持ちを持って人と関わっていこう。

0歳の、何の価値観も植え付けられていない赤ちゃんに戻ってやり直すんだと。 

 

約10年経って、なんだかんだで今も駒

 

それから約10年、まぁ色々ありました。

子どもの頃よりある意味酷かったかもしれません。

 

娘の手柄は横取り、自分にとって面倒臭いことは娘に丸投げ。

 

昔のように大人しくキャッチはしませんよ。

でもあからさまに打ち返し揉めると母が泣いてしまうので(これは昔から)、ほどほどにかわしながら生きています。

 

政治観は相変わらずで、小さい子どものいる私を「うぐいす嬢(無償ボランティア)に是非!」と売り飛ばしたりもしてくれました。

幸い先方が空気を読んで話を流してくださったので事なきを得ましたが…。

 

事業の方でも破格(ほぼ無償)で使える便利な駒扱いをされ、度合いは違えど今も昔も変わらず搾取され続けています。

 

「こっちは好意で○○させてやってる」

「勉強できて良かっただろう、ありがたく思え」

 

まぁこんな感じです。

以前は他人を見下すだけでしたが、最近では身内の私のことも見下すようになり、生活スタイルに口を出すことも多々あります。

 

「ライターなんて主婦の片手間だろう」

「いくら稼いでる?どうせそんなに稼げないだろう」

「ライターなんてする暇があればこちらの仕事を手伝え」

 

独特の差別感と政治観を持つ父とそれに反発せず従う従順な母。

そんな両親の元で育った私は、家を離れて結婚して家庭を持っても尚、なんだかんだで今も駒なのです。

 

文化的虐待は終わりがない

 

自分の経験上、文化的虐待は立派な虐待だと思います。

そして文化的虐待は他の虐待と違って、親自身に自覚がなく離れても終わりがない。

 

 

植え付けられたものを消すことも大変なことですし、たとえ消したとしても親子関係が続いている間は新たなものが植え付けられるのです。

もちろん子どもの頃と違ってはねのけることは簡単です。

しかし、それはそれで両親といがみ合うことになるので結局精神をすり減らすことになります。

それでも自分が社会で上手く生きるために、子どもたちをのびのびと育てるために、流されてはいけないのです。

 

父親が死ぬまで、私は戦い続けねばならないのです。

 

「この状況は一種の虐待ではないか?」と考えるようになり、改めて戦う決心をすることができたのです。

 

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今回この文化的虐待について考えるきっかけになった今一生氏は、現在親に虐待された方からの「親への手紙」を募集していらっしゃいます。

「親への手紙」の原稿は『新編 日本一醜い親への手紙(仮)』という本を出版に使用されます。

詳細は以下の通りです。

 

 

いじめも、親からの虐待も、許さなければ逆に許さない自分が悪とみなされますよね。

 

「いつまでも根に持つなんてしつこい…」

「お父さん(お母さん)だって大変だったはず」

 

大変幸せな正論だと思います。

トツカはどうって?

現在進行形なので許す・許さない以前の問題ですよね。

これで「許せ」と言われたら、すなわち「奴隷になれ」と言われているようなもの。

 

だから私はこれからも「親不孝者の娘」として戦っていくのです。

何をしてもいつまでも報われない、長い長い戦い。

きっとそれが文化的虐待なのだと思います。