地方ライタートツカマコです。

元よそ者京都人フリーライターのトツカマコです。常に全力でお仕事募集中!

「普通級の児童」「支援級の児童」それぞれの権利を守りたい。


こんにちは、家庭訪問までに掃除が終わらずありのままの姿を見せたトツカマコです。

 

掃除も仕事も溜め込むとどうにもならなくなりますよね。

何事も計画的にできる人って凄い!

 

最近はタスクリストを書いた付箋をノートパソコンに貼るという原始的な方法で毎日の目標を目視できるようにしています。

今の所風でどこかに飛んでいくこと以外は気に入っているので、しばらくこのスタイルで続けていきたいと思います。

 

さてさて仕事が立て込んでおり久しぶりの更新になってしまいましたが、実は先月こんなことがありました。

 

「支援級の子がクラスにいると迷惑」

 

 

どの学校にも基本的に「特別支援学級」があるかと思いますが、普通級に子どもを通わせている皆さんは特別支援学級に対してどんなイメージを持っていますか?

一昔前は「何かしらの障害を持っている子が行くところ」というイメージがあったかと思いますが、現在はそれだけではなく様々な特性を持った子が行っています。

 

「集団の中では指示が届きにくい子」

「特定の教科が苦手な子」

「矯正をしても目が見えにくい子」

 

「障害」という名前が付いている子もいればそうでない子もいます。

むしろ最近は「障害」という名前が付いていないグレーの子が多いように感じます。

そんなことから支援級だけで生活するのではなく、可能な限り普通級と支援級を行き来することが主流になってきています。

実際わが家の自閉症の長男も「国語」「算数」以外は普通級で授業を受けています。

 

「普通級の児童」「支援級の児童」それぞれの権利

 

濃さは様々ですが、グレーの子って支援級だけでなく普通級にも大勢いますよね。

そうした子が授業妨害をすることも珍しくはありません。

落ち着いて授業を受けたい普通級の子や親にとって迷惑この上ないことは理解できます。

快適に授業を受ける権利はどちらにもあるのだから。

 

現在の教育現場というのは複雑で、求める権利に制度がついて行っていない状態なのですよね。

教育関係者は精一杯やっていると思います。

しかしそれ以上に個別に支援が必要な子どもが増えているのです。

 

良かれと思って行っている普通級と支援級の交流システムも、人員不足など環境が整っていないせいで学級崩壊を引き起こそうとしているのだとこの時感じました。

 

「○○くん(ちゃん)が来ると授業にならないから、ずっと支援級にいたらいいのに」

 

普通級の保護者のそんな言葉も耳にしました。

下の子が普通級にいる私にはその気持ちが凄くわかります。

それを求めることは悪いことではなく、普通級の親子にとっては当たり前の権利なのです。

それでも、わが子が授業中パニックを起こすようなことがあっても交流をさせてあげたい。

それを求めることは私たち支援級の親子にとって当たり前の権利なのだから。

 

 

弱者の権利だけを守ろうとすると破綻に繋がる

 

わが家の長男は受動型のため、今の所周りに害を成すことはありません。

それでも自閉症の特性ゆえ定型発達の子には見られない「歪さ」はあります。

特に身だしなみの無頓着さなんかは社会で生きて行く上で致命的なものだと思っています。

 

今は大丈夫でもそれが理由でいつか社会から排除されてしまうのでは?

年齢が上がるにつれてその違いを感じられ、普通級の中で「害」になる日が来るのではないか?

「共存」を目指すための制度が「排除」する気持ちを加速させている、そんな風に感じてしまいました。

 

普通級と支援級の交流システムは私個人としてはとてもありがたいものです。

情緒面の幼さがある長男ですが、大勢の人と関わることは大好きなため毎日楽しく普通級で過ごしています。

この先広い社会で生きていくための第一ステップとして必要な経験だと感じ、学級内の仕事や委員会活動にも可能な限り参加させてもらっています。

 

「クラスのみんな、凄く優しいよ!だから楽しい」

 

毎日そう話してくれています。

クラスのお友だちの協力ももちろんありますが、長男本人も自分のできることを精一杯やろうとしているように感じます。

 

お互い可能な限り努力をして双方の権利が最低限守られる、そんな環境を崩すことなくこの先も築いて行って欲しい。

発達障害児の母として常にそう思うのです。

 

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どうすることが正解かは私にはわかりませんが、現状のままだとそう遠くない未来この「交流システム」が消滅してしまうような気がします。

 

お互いの権利が守られ本当の意味での共存ができる社会になるよう、私はこれからも考え動いていきたいと思います。

将来「そんな大変な時代もあったよね」なんて笑って話せるような日が来るよう、今日もトツカは前を向いて生きていくのです。